2025年最初の企画として「新春招福ウォーク2025」と銘打ち、三条〜四条にかけて寺町・新京極の古社寺・旧跡を巡りました。
世界中から多くの人で賑わう京都有数の繁華街、新京極通。
三条通から四条通間の約550mにわたる南北の通りで、ファッションや飲食店、雑貨・土産物店など約160店が軒を連ね、まさに京都を代表する観光地のひとつです。
元は豊臣秀吉が16世紀末に京都を改造した際に寺院を集めた「寺町」でしたが、歓楽街を作るべく、明治初期に社寺上地令で没収した境内地に通された道路で、2022年に誕生150周年を迎えました。
新京極通の開削は、明治天皇の東京行幸で活気を失い、凋落した京都の活性化政策の一環として行われたものですが、禁門の変による大火(1864)や、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れた直後に、当該寺院の側からすれば一体どのような事態だったのだろうか。
以前より興味を持っていたテーマで、まずは幕末と現代の境内地比較ができるようMAPを作成してみました。
すると、なんとなく理解はしていたのですが、私の予想以上に大幅な境内地の縮小や、旧地からの移転を余儀なくされた寺院がいくつもあるなど、色々と興味深い事実がわかりました。
そういった苦難を乗り越えて、長く紡がれてきた歴史や文化、そして様々な信仰や伝承をおひとりでも知っていただきたい──そんな思いで1/3,4の両日、計15名のご参加をいただき、新年の奉祝ムードで賑わう新京極、寺町を巡りました。
四条寺町の八坂神社御旅所、冠者殿社前から出発し、ゴールは寺町御池の本能寺。
織田信長公廟前で解散となり、ご参加の皆様からは、「特に新京極開削前との比較を、実際に現場で体感できた」「誓願寺など、こんなに古いお寺があることを知らなかった」「定期コースにすればいいのでは」など、色々な感想をいただきました。
いただいた声を参考に、今後の活動に反映していければと思います。
繁華街の少し脇に佇む、保存継承が必要な京都の歴史と文化財。
それらに興味・関心を持っていただくきっかけになればと考えています。
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