ご挨拶
代表取締役 嶋瀬 明彦
いきなり私ごとで恐縮です。
2021年2月、新型コロナ禍の中、母が他界。父は既に亡くなっており、両親を無事に見送ることができました。また、3人の息子はみな成人し、今年2月には2人目の孫に恵まれました(⇨写真)。
そんな50代半ばを迎え、人生のゴールを意識し始めた昨秋、会社の早期退職募集に応じました。京都市下京区で京呉服卸商の家に生まれ、人生の大部分を京都の旧市街地で暮らしてきたため、町並み保全や昨今深刻化する観光公害対策など、「京都で地域社会に貢献できる仕事ができたらエエなあ」くらいのぼんやりとした考えで、会社を立ち上げることになるとは夢にも思っていませんでした。
さて、私のキャリアですが、1990年新卒入社のNEC、入社7年目に転職した朝日新聞社の広告部門と合わせ、大部分が営業職でした。直近の約5年間は文化財保護啓蒙の専門部署に所属し、文化財所有者を支援するシンポジウムや講演会、特別公開事業等の企画運営、公式SNSの「中の人」、動画配信やオンラインイベントなど、営業時代に培った企画提案、折衝力をベースに、活動領域を広げてきました。
そこでは、誰もが名を知る世界遺産から、檀家や氏子が支える町や集落の神社仏閣、歴史的景観を構成する伝統建築や古民家、美術品、祭礼・民俗芸能など、有形無形の文化遺産を後世に伝えるべく奮闘される所有者・関係者のほか、研究者、学者、ヘリテージマネージャー、文化財保存技術者、行政、各種団体など、多くの方々の知己を得ました。
中でも、1949(昭和24)年に火災で焼損し、文化財保護法制定の契機となった法隆寺金堂壁画(現在非公開、金堂初重の焼損部材とともに法隆寺境内の収蔵庫で厳重に管理・保存)の将来的な一般公開を見据えた科学的調査を担う「法隆寺金堂壁画保存活用委員会」に事務局として参加し、同寺の方々と様々なプロジェクトをご一緒した経験は、大袈裟ではなく、私の人生観を変えるものでした。
1400年にも及ぶ聖徳太子の教えと法灯を、そして世界最古の木造建造物として多くの国宝や重要文化財のほか、膨大かつ貴重な文化財を護るという、私には眩暈がしそうな責任をお持ちであるにも関わらず、自らを厳しく律しながらも片肘張らず泰然自若に、そして日々穏やかに過ごす──それは世界遺産に登録されようと何ら変わらない。そう背中で示される同寺僧侶の方々から、高圧的な物言いや、お説教めいたことを聞いたことは皆無です。相手が誰であれ常ににこやかに、そして、分け隔てなく遇されるその姿勢に大いに感銘を受け、これまでの自分の立ち居振る舞いを恥じ、人生の意味を再考するきっかけとなりました。
「自分に与えられた役割を自覚し、生ある限り、心穏やかに一生懸命務めを果たす」
勝手な解釈かもしれませんが、法隆寺で教わったそんな言葉が、これからの人生をどうしていこうか迷い始めていた私にとって、進路を照らす一筋の光明になったように思います。これまでのスキルや経験を活かし「文化財所有者に寄り添い、保存継承のお役に立ちたい」──無意識のうちに積もっていたそういう思いがクリアになり、起業に至った次第です。
微力ではありますが、皆様とのご縁を大切に、全力で精進してまいります。 (2023年6月吉日)